四半世紀ぶりの再会から

四半世紀ぶりの再会から

 

ご縁をいただいて
コミュニケーションの講師を務めてきました。

 

今回はなんと!
中学校の同級生からのお声がけ。
再会は四半世紀ぶり?!

 

覚えてくれているだけでも嬉しいのに
こうしてお仕事もつないでいただけるなんて
本当にありがたいです。

 

今回は
雪印メグミルクの販社である、経営者たちの集い。
群馬・栃木・新潟・埼玉からお越しいただきました。

 

経営者はほとんどが男性。
しかし、販社にお勤めするスタッフは女性が多く
お客様も女性。

 

異性に対するコミュニケーションを
より円滑にするにはどうしたらいいのか、というご依頼でした。

 

 

コミュニケーションって奥が深く
一回の講座では完全に網羅することができないので
今回はギュギュッと凝縮バージョンで。

 

・ゴール決定の本当の意義

・人はそれぞれのフィルターを持っていて
それぞれが正解であること。

・伝えることと伝わることは違う。

・3つの”きく”

・聴き上手がモテる理由

・言葉のチカラ

・承認される喜び

・男性性と女性性の違い

・在り方が大事

 

これらを質問やワークを通して
腑に落としていただきました^^
特に今回のテーマである異性とのコミュニケーションギャップについては
なんとなく、わかっているようで本当の意味でわかっておらず。

 

ついつい、自分と同じように考えてしまうのですよね。

 

だから難しい、とか
苦手、と感じてしまう。

 

 

そもそも男性性と女性性では
コミュニケーションにおける目的、つまりゴールが違う。

 

なので、その違いを知っておくと
誤解やスレ違いが少なくて済むのです。

 

ポイントは
男性と女性、ではなく
男性性と女性性の違い。

 

中学生の時
このことを知っていたら・・・

 

女の子たちとの関係が
もうちょっと心地よいものであったのにな、と思います。

 

コミュニケーションや人間関係を築くためのパターンが
彼女たちは女性性が強く
私は男性性が強くでていたからなのだな、と。

 

なので、その頃の私は
男子と話すほうが気楽で楽しく。
それが彼女たちのムカつきの原因の1つになっていたことに
当時の私に教えたい(笑)

 

まぁ、色々な経験があって
学び、成長していくので
今となってはありがたい体験でした^^

 

何にせよ、人間関係を築くのに
必要不可欠なのがコミュニケーション。

 

その手段を使って
どんな関係性を作りたいのか、という意図を持つこと。

 

こちらが大切です^^

 

コミュニケーションとは
”人”を知るための手段。

 

その”人”とは
当然、自分も入ります。

 

他人とのコミュニケーションの前に
自分とのコミュニケーションがとれているかどうか。

 

日頃から意識したいところです。

 

それにしても四半世紀ぶりの再会。
私がやっていることも知ってもらえて
嬉しかったなぁ。

 

ご縁に感謝☆

 

 

 

 

 

 

目を背けていませんか?

目を背けていませんか?

 

目を背けていませんか?

 

自分を見ることに。
自分を観ることに。
自分を視ることに。

 

自分を”みる”って
段階があると思うのです。
深さ、といえばいいかな。

 

昨日の美鈴塾では
自分を視るというWorkをしたのですが

 

私がわたしではないみたい。
私が知っているわたしではなかった。

 

と、全員がショックをうけてました。

 

そして

 

全然、自分をみていなかった。
見ているフリをしていたのかも。
視るのが怖かったのかもしれない・・・。

 

こんな風に、ね。↓

 

でも、そのことに気づいた。

 

気づくとあとは簡単。
毎日、自分と対話するだけです。

 

 

実は
あなたが”これが私”と思っているあなた自身は
本当の自分とはちょっと違うかもしれません。

 

もちろん、いい意味で。

 

なぜならば
あなたが自分自身だと思っている”私”は
大抵の場合、ある時期から止まっているのです。

 

三日会わざれば刮目(かつもく)して見よ、という言葉がありますが

 

他人に対してはそれができたとしても
自分自身のことは刮目することは相当意識しないとやりません。

 

毎日5分。
ご自身を”視て”みてください。

 

きっとあなたの深いところに鎮座する”わたし”との
対話が始まると思いますよ^^

 

この世の一番の応援者である”無限大のわたし”に会いにきませんか?

 

 

最終募集です!(5月27日締切)
【水輪リトリート 〜2019初夏〜】

 

 

 

 

 

 

頼まれてもいないのに

頼まれてもいないのに

 

頼まれてもいないのに
ましてや仕事でもないのに
ついつい、やってしまうことってありませんか?

 

私の場合、人と話している時に
自分の持っている知識とか情報を
ついつい話したくなっちゃうのです。

 

と、いうよりも

 

会話していると勝手に引き出しが空いてしまうので
それを伝える必要があるのかな、
そのために今日会っているのかな、なんて
客観的に見ている自分もいるのですが…

 

最近、話すぎだよと言われたことがありまして^^;

 

 

まぁ確かに
その人にとって必要ないのかもしれないし
欲していないのかもしれないので
ありがた迷惑なのかもしれないですが…。

 

ただ、
話している時に意識していることは

 

受け取ってもいいし、受け取らなくてもいい、という
聞き手の自由を奪わない、ということです。

 

ある意味、期待を手放しているのですね。

 

人は聴きたいこと、必要なことは
自然と受け取ってくれるだろう、と。

 

なので
会話の中での私のルールは2つ。

 

・その人に必要だと思われる情報は惜しみなく伝える。
・話の内容を受け取るか受け取らないのかは相手に委ねる。

 

それから

 

・なるべく話は短めに

 

これを新たに入れようかなと(笑)

 

 

セミナーやコンサルなど、仕事の時は別として。

 

お茶している時などは
相手も話したいのだ、ということを頭に入れておこう。

 

聴くだけの時間って結構苦痛なんだよね。
→ 経験者談(笑)

 

 

 

 

 

礼と禮 〜レイという漢字〜

礼と禮  〜レイという漢字〜

 

毎週火曜日は早朝から経営者の学びの会に
参加している。

 

令和に入って初めてのセミナーだったが
令和のレイとも被る、レイという漢字3文字について
実に興味深いことを教わった。

 

講師の方は武学というものを学んでいるそうで
”礼”がとても大切なのだ、ということを体感覚で教わった。
*ここでの礼はお辞儀のこと。

 

普段、何気なくしている”礼”だが
適当にやるのと、しっかり意識してやるのでは
まるでエネルギーが違うのだ。

 

武学では”禮”と書くそうだ。

 

 


しっかりレイをすると


レイ=ゼロ=空
自分の中にある色々なものをゼロ化(クリアリング)して空になり


幽霊のように見えない何か=エネルギー
自分と他とが同期(一体化)する。

 

日本語の持つ音は
様々な意味をなすけれども
このように”礼”一つとっても
かなり奥深い意味があることがわかった。

 

礼に始まり、礼に終わる。

 

これは私が剣道部だった頃
最初に教わったことだった。

 

礼を”禮”にまで昇華していくと
色々なことがまたわかってくるのかもしれない。

 

ちなみに”禮”は十八段階あり、
今回教わったのは正体禮法。

 

この”禮”をすることでかなりエネルギーが整い
ニュートラル化することができ、
さらには見えない領域にアクセスすることができるらしい。

 

まずはこの”禮”を意識的にしていこう。
どんな変化が訪れるのか楽しみである。

 

 

 

 

 

出店イベント終了!

出店イベント終了!

 

GWの最終日。

私はイベントに出店者として参加してきた。

 

イベントは【運気アップフェスタ】

場所は前橋市芸術文化れんが蔵。
もともとは酒蔵蔵だったものを文化財として残してあるものだ。

 

中はこんな感じで
思ったよりも広いスペースだった。

 

 

私はおそらく群馬でも初の出店かと思われる
ゼリツィン®エリクサーを使っての
セッションをさせていただいた。

 

 

ゼリツィンは宝石と花の波動がたっぷりと詰め込まれた
ドイツ生まれの医療セラピー。

波動は目に見えないけれど
ボトルに転写された宝石と花の波動は
体感できるから、面白い。

 

今回も沢山の方に
波動調整をさせていただき
そのパワフルな変化を体感していただきました^^

 

今日は立夏でもあり、
自然界のエネルギー的にも
かなりサポートがあったんじゃないかな。

 

 

今回はゼリツィン保有者の
のりちゃんを誘っての参加だったので
なおさら楽しかった^^

 

私達の出店の話をきいて
多くの友人達が応援にきてくれて。

 

それだけでも今日は1日HAPPYだったな^^

 

沢山の出店者さんがいて
中には数年ぶり?の懐かしい友人達にも会えたことも
嬉しかった^^

 

空き時間をみて
他の出店者さんのブースにも行き
私自身もちゃっかり楽しんできましたヨ♪

 

 

 

そろそろ、終了時刻になり
会場にまったりした時間が流れていたその時、

 

「虹が出てるよ!」

 

小学生の男の子が教えてくれて
大人も子どももみーんな外に出て
令和最初の虹を眺めた。

 

大きくて
美しい弧を描いた見事な虹だった。

 

運気アップフェスタにふさわしく
天がみんなのこれからを祝福されたんだな^^

 

ありがたく、受け取ろう♪

 

 

 

 

そうそう、
このドイツ生まれの医療セラピーでもあり
波動療法でもあるゼリツィン®エリクサー。

 

これが当日から使えるようになる
ベーシックセミナーを開催します。

日程は
5月26日(日)13:00〜16:00
5月28日(火)13:00〜16:00

ゼリツィン®ベーシックセミナー案内.key

 

その前に体験&体感したい方は
体験会にご参加くださいネ。

<体験会>
5月16日(木)10時〜12時
5月18日(土)10時〜12時
場所:前橋市内

 

 

 

 

 

 

カラダが教えてくれるもの

カラダが教えてくれるもの

 

車を降りる時
ピキッと嫌な感じがした。

 

その途端、
懐かしいともいうべきか
知っている痛みが腰に走る。

 

まるで小さな雷が
落ちたかのような感覚。

 

そう、久しぶりに
ぎっくり腰になったのだ。

 

若い頃から何度もぎっくり腰は経験してきていて
その時の原因は大抵、体の使いすぎだと思っていたが

 

今となっては
自分の何が不具合を起こしていたのか、がわかるようになってきた。

 

原因は複数あり
一番の理由を特定することはできないが
今回もいくつか心当たりがあり。

 

カラダとココロは
密接に繋がっているはずなのに

 

思考が先走って
カラダとの対話を忘れてしまう時がある。

 

そんな時
カラダが不具合を起こして
気づかせてくれるのだ。

 

カラダのサインを見過ごすな。

 

そう言われた気がした。

 

理由もなく
カラダは不具合をおこさない。

 

何かを教えてくれようとしていることに気づこう。

 

カラダは身体。
身体は神体。

 

大切に扱おう。

 

 

 

 

 

過去と現在、未来を繋ぐ

過去と現在、未来を繋ぐ

 

仕事をなんとなく続けてる。

これじゃない仕事でもいいかも。

今の仕事は好きでもないし、嫌いでもない。

他にもっと自分に適した仕事があるんじゃないか。

 

でもだからといって

今すぐこれをやりたい!というものはない。

今すぐに辞めたい!という気持ちでもない。

いつか、いつか

自分にぴったりな仕事が見つかるはず・・・

 

こんな風に思っている人って
案外多いんじゃないかなって思います。

 

好きでワクワクするものを仕事にしよう!という風潮がある昨今。

そりゃ、好きで自分がワクワクするものが仕事になったら最高ですよね。

 

でも、案外
今やっている仕事が好きなのかもしれないですよ。

 

個人コンサルをしていると
様々な”きっかけ”をお聴きすることが多いのですが

 

その時に出てくるワードやストーリーには
想いがたっぷりと詰まっていて
少ないワードの中にも沢山の情報量が入っているのですね。

 

それをじっくり紐解いていくと
御本人も忘れていたものが呼び覚まされて

 

なんとなく続けていた感満載の今の仕事が
実は自分が体現したかった世界を表現できる場所なのだ、と気づいたり

幼少の時に感じていた親への想いが
突然フラッシュバックしてきて
あの頃に手伝いたかったことを今自分がやっていることに気づいたりして

 

その仕事に対して
本当にやりたいことは何なのか。
お客様に提供したいことは何だったのか、が明確になった時に

 

一気に視界が広がる感覚となるのですよね。

 

そこからは

自分の仕事は何を提供するのか
どうお役に立てるのか
その仕事を通してどんな世界が展開されていくのか
職場はどうなっていくのか
業界はどうなっていくのか
世界は・・・

 

ご自身がしているお仕事が
こんなにも影響を与えられる素晴らしいものなのだ、と気づいた時に

身体と心に
エネルギーが満ち溢れてくる感覚になって。

 

過去から現在、未来へと
気づけば一本の道に繋がっていて

 

たった一人の”わたし”から放った雫が
まるで水面上の波紋のように
どんどんしあわせが広がっていくイメージができていきました。

 

 

 

長年、続けているには理由があります。

 

気づいていないだけで
それはもしかしたらご自分のMISSIONに通じる志事なのかもしれません。

 

 

個人コンサル OPEN THE DOOR では
生き方・在り方の次元上昇と
ライフステージをアップするお手伝いをしています。

二人三脚で
じっくりと一緒に向き合っていきたいので
月に3名のみ、募集します。

ご興味ある方は
まずは体験セッションをどうぞ。

 

 

 

 

 

もどかしいほど…

もどかしいほど…

 

言葉は世界を切り取り
そして他者に自分の世界を伝えるツール。

 

だけども
なかなか自分の内側にあるものを
表現するのが難しいんだよね。

 

内にあるもやもやした状態のものを
言葉にした瞬間、それが明確に輪郭を成す。

 

まるで認識するから存在する量子の世界とおんなじだ。

 

 

ごくたまにだけど

そうだ!この事を言いたかったんだ!!

と、自分の発した言葉を自分で聞きながら
すごく納得することがある。

 

逆に
言葉にした瞬間に
いや、ちがう。微妙に違うんだよなーと
自分で気づくこともある。

 

他者に自分の内側を話す時は
そういう、ちょっとした心の襞の部分が
うまく表現できなくて
コミュニケーションがうまくとれない時がある。

 

伝えたいことが伝わらない。

 

そもそも
生きている世界が違うのだから
言葉の辞書もそれぞれ違う。

 

通じない、というのがデフォルトなのかもしれない。

 

でもそのもどかしさが
人間関係を繋ぎとめているのかも。

 

エスパーみたいに
すべてが通じないからこそ
伝える努力をするんだよ、ね。

 

 

 

 

 

 

平成大晦日

平成大晦日

 

平成最期のお参りは
長野県松本市にある四柱神社(よはしらじんじゃ)へ。

 

この神社の境内に入った瞬間
とても明るく感じたのですよね。

 

ぽつりぽつりと
雨がおちてきているにもかかわらず。

 

本当に気持ちのよい神社で
来てよかったー♪と自然と笑顔になっちゃいました。

 

 

四柱とは

 

天之御中主之神(あめのみなかぬしのかみ)
高皇産霊神(たかみむすびのかみ)
神皇産霊神(かみむすびのかみ)
天照大神(あまてらすおおかみ)

 

古事記の巻頭に記された
造化三神と言われる最初の神々。

 

天之御中主之神は天の中央に坐す主の神

高皇産霊神・神皇産霊神は宇宙創造の根源の神

天照大神は造化三神の御神意を地上に顕現される神

 

このような素晴らしい神々をお祀りしてある四柱神社は
すべての願い事が相叶うという素晴らしい場所。

 

 

平成最期の締めくくりに
こんな素敵な場所に巡り合わせてくれて
天の采配に感謝し、

 

平成時代に溜まっていたであろう
罪穢れの大祓をしてきました。

 

1年に2度する大祓とは違い、
平成時代の大祓。

 

みなさんの分も一緒に大祓祝詞を奏上してまいりましたヨ。

 

家に帰ると
ちょうど、退位礼正殿の儀が執り行われ
テレビの前でその様子を拝見いたしましたが
自然と背筋を伸ばして見ている自分を発見しました。
日本人のDNAがそうさせるのでしょうか・・・。

 

そして
平成天皇の最後のお言葉には
心が震え、涙がにじみました。

 

即位から30年、これまでの天皇としての務めを、
国民への深い信頼と敬愛をもって行い得たことは、幸せなことでした。
象徴としての私を受け入れ、支えてくれた国民に、心から感謝します。

明日から始まる新しい令和の時代が、平和で実り多くあることを、皇后と共に心から願い、
ここに我が国と世界の人々の安寧と幸せを祈ります。

 

本当に長い間、
私達日本国民の平和と幸せを見守ってくださりありがとうございました。
これからは美智子様とともにゆるりとお過ごしください、と心の中でお伝えしました。

 

これで一時代が終わり、
明日からは新元号【令和】の時代が始まります。

 

歴史の1ページを生きているのだ。
そう思うと、なんだかすごい時代を選んで生まれてきたなって感じます。

 

壮大なドラマの幕開け、の予感。
令和、楽しみです。

 

 

 

 

 

平成最後の・・・

平成最後の・・・

 

週末は月に1度続けている写経をしてきました。

 

よく見ると
最初の方の字がかすれているのですが・・・

前回の写仏のときに
筆がもうそろそろ寿命を迎えるなぁと感じていたのですよね。

 

最初の一文字を書いてみたら
案の定・・・

 

最初に写経を教えてもらった時に
唯一のルールとして
一文字書くのに墨を付け足さない、というのがあって。

最初の”摩”の字が最期までかけるのか?とヒヤヒヤ。

 

それでもようやっとの思いで
一文字書き上げられて。

 

その時に初めて
筆について意識が向いたのでした。

 

筆は普段、何気なく使っている道具ではあるけれども
それがなかったら文字は書けないわけで。

 

そう考えると
ありがたいなぁと感謝が湧いてきました。

 

と、同時に
この筆は自身の役目をきっちり果たしているわけで
それは最期まで全うすべきだ。
私はその手伝いをしよう、と

 

この筆との共同作業を開始したのでした。

 

どのようにしたら
一文字をかすれずに書くことができるか。

 

どのようにしたら
細くなってしまっている筆先で
通常通りの文字が書けるか。

 

この筆が気持ち良いように
紙面を滑らせるにはどうしたらいいか・・・

 

 

こんなことを考えながら
一文字一文字を積み重ねていったのですね。

 

そのうち
なんだか涙が出てしまって。

 

筆を通して
自分の生き様や在り方を
考えさせられました。

 

筆は文字を紙に書くための役目がある。
では私の役目って何だろう?

 

筆は自分の役目のシゴトを全うしているが
私は自分を全うしているのだろうか?

 

またこんなことを思い出しました。

 

毎週、早朝から経営者が集まる勉強の中で

物はこれを生かす人に集まる

という教えがあるのですね。

 

物はこれを愛する人によって産み出され
これを大切にする人のために働き、
これを生かす人に集まってくる。
すべて生きているからである。

 

私は私のところにきている物を
生かしてあげられているだろうか、という自問にも繋がり

私のところにきたばかりに
本当の役目、価値を発揮できていないモノがあるんじゃなかろうか…
なんて思いにもなり。

そう思うと
生かすどころか
沢山使ってないものがあるなぁ、と。

そんな風に考えると
生かして使えるモノというのは
ごく僅かなのかもしれないですね。

 

今回、筆と共同作業をしながら
般若心経を書き上げたのですが

不思議なことに
後半になるにつれ、
筆がどんどん元気になっていったのですよ。

書けば書くほど、
その本来の力を発揮するような感覚。

 

あぁ、なるほど
やはりこの筆も生きているんだなぁと
教わった感じです。

 

意識を向けると
命が宿る。

 

そんな体験をさせてもらった時間でした。

 

↑ この筆は
写経の先生に鎌倉の長谷寺に納めていただき、その任を解かれます。

 

最期まで役目を果たしてくれて
ありがとう。

自然と感謝が湧き上がってきました。

 

そして気づけば平成最後の写経。

 

平成という時代にも

ありがとう。