別れのトキ

 

 

実は最近、
とっても辛い別れがあった。

18年と4ヶ月。

こんなにも長い年月を
共に過ごすなんて最初は思ってもいなかったけれど

 

楽しい時も
辛くて涙する時も

ウキウキするような時間も
じっと考え事をする時間も

嬉しくて叫ぶ時も
怒りまくって叫ぶ時も

 

どんなシーンも一緒にいてくれた。

誰よりも
素の私を知っているのが彼だった。

 

彼の名はALTEZZA。
私の愛車、アル君。

 

感情を人前で出すことを良しとしていなかった頃

私の喜怒哀楽を素直に出せたのは
間違いなくアル君の中にいる時で

何かあると
ドライブに出かけたものだった。

 

運転していると

無心になる。
素直になる。
自分との対話ができる。
アイディアが湧く。

 

私にとっては最高の空間だったし
車という”物”ではなく、最高の相棒だった。

 

朝、車に乗り込む時に
「おはよう、アル君。今日も1日よろしくね。」

降りる時には
「今日もありがとうね。」

そんな風に挨拶をして。

 

10年も乗ると
次の車に買い換えようか、なんて考え出すと思うのだろうけど。

でも、私にはまったくその気がなかった。

 

出来る限り一緒にいたかったし
他の車に目移りすることもなかった。

飽きっぽい私だけど
この車だけはいつでも私を魅了してやまなかった。

 

点検や修理で代車に乗ることもあったけれど
全然テンションがあがらない。

早く帰ってこないかなぁと
寂しく駐車場を見るのだった。

 

戻ってきたら
そりゃー嬉しくて嬉しくて
すぐにドライブに行った。

 

洗車してピカピカになるとなんだか誇らしげで
私まで嬉しくなる。

いつしか
この車が命尽きるまで
私が乗りきろうって思うようになった。

 

 

一昨年の10月
いつもメンテナンスでお世話になっている
新井自動車の新井さんから

 

「今まで頑張ってきましたが
次の車検は通らないのでそろそろ次の車を考えておいてくださいね。」と言われた。

 

そっか。
あと2年か・・・。

 

頭では理解していたけれど
やっぱり次の車のことなんて考えなかった。

永遠に乗り続けられると思っていた。

 

今年に入ってようやく現実と向き合い

アル君に変わる車を探さないとな、と
頭の片隅で思い始めてはいたんだ。

でもまだ10ヶ月あるし・・・なんてのんびり構えていた。

お別れすることを想像すると、自然と涙が出ちゃうから
考えたくなかった、というのが本音だ。

 

いずれにしても
アル君は最後まで私一人が全うする。
そう、ココロに誓っていた。

 

 

1月18日。
突然、それは起こった。

追突事故に遭う。

 

トラックに追突され、
前の車に突っ込んだ。

 

何が起こったのか
理解するまでに少し。

 

そして
シートに座りながら一番最初に頭に浮かんだのは
アル君のことだった。

 

あぁ、アル君の命が消えていく・・・。

 

まさか
こんなカタチでお別れすることになるなんて。

 

 

事故に遭ってから
1ヶ月あまり。

ようやく、アル君に会いに行った。

あのままお別れするのは忍びない。
せめて最後の姿を見届けようと。

 

そして私が目撃したのは満身創痍の姿だった。

最大限に
身を挺して

彼が私を守ってくれたんだ、と感じた。

また、涙が出た。

 

私にとって最高の相棒だった彼は
最後の最後まで潔く、
そして本当にかっこよかった。

 

運転席に座ると
在りし日の思い出が頭を駆け巡る。

語り尽くせぬほどの思い出があって
それを思い出すと自然と涙が溢れてしまうのだけれど

 

素晴らしい時間を
共に過ごすことができて
今は感謝しかない。

 

アル君、ありがとう。
最高の時間を一緒に過ごせて幸せだった。

 

出逢いは何も人だけではない。

 

その出逢いが
こんなにも人生を豊かにしてくれるとは・・・。

そう思わせてくれたことに感謝します。

 

出逢ってくれて本当にありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

薬膳鍋を食す。

 

 

薬膳、という考え方。

 

薬膳(やくぜん)とは
中医学理論に基づいて食材、中薬と組合せた料理であり、
栄養、効果、色、香り、味、形など全てが揃った食養生の方法である。
by wiki

 

カラダは食べたものでできている。

 

ただ
常日頃、栄養バランスとかカロリー、
体質に合わせて・・・と食事に気を配っているわけではないので

 

たまにはカラダにいいことをしよう!と
お友達の染谷ちえみちゃんの薬膳鍋の会に参加してきた。

 

 

今回は
便秘に効くデトックス鍋、というテーマだった。

 

中医学では体質には6つのタイプがあるそうだ。

気血/血虚/陰虚/気滞/瘀血/水滞

 

そして便秘にもタイプがあるらしい。

 

冷えによる便秘
熱による便秘
排泄の力がない便秘
水分(潤い)不足による便秘

 

ひとことで便秘、と言っても
タイプが違うから対処法もそれぞれ違う。

 

薬膳は
前述した通り
食べ物からカラダを元気に健康にする、という考え方。

 

今回は
多くの方に共通するカラダに潤い(水分)を与える食材を中心とした鍋だった。

 

 

今回の材料と効能

 

【デトックス・豆乳鍋】

白きくらげ 潤いを補う
黒きくらげ 血を補う
ほうれん草 養血(血を補い、陰を滋養する)
クコの実  滋養強壮 女性ホルモン
豆腐/豆乳  潤い 気を補う
味噌    カラダを温める 気のめぐりをよくする
ゴマ    養血滋陰(血を補い、陰を滋養する)
陳皮    理気(気のめぐりをよくする)
えのき茸  潤い
豚肉    陰を補い潤す 気を補い血を増やす

 

 

なるほどー。
食材って栄養だけでなく、
こんなに色々な効果効能があったのね!

 

寒いこの季節
鍋を食べる機会も多いから

 

食材をちょっと意識してみると
美味しいうえにさらにカラダに嬉しい食事になる。

 

薬膳、っていうと
なんだか難しい感じがしたけれど

 

鍋なら簡単♪

 

そして今回、
白キクラゲの食感がすごくよくて
美味しかった〜♪

 

翌朝のお肌の状態もぷるっぷる。

 

これはイイ!

 

これから鍋の具材に
白きくらげのヘビロテ決定です(笑)

 

 

鍋を囲んで団欒しながら
美味しく食べて健康になろう。

 

 

 

 

 

日本のシルクロードをくぐって行き着いた先は・・・

 

 

 

本日は60日に1度の周期で訪れる己巳の日(つちのとみのひ)

 

己巳の日は、
縁起の良い巳の日の中でもさらに縁起の良い弁財天の縁日であり、
弁財天に縁のある寺社では祭祀や供養が行われているため、
この日に参拝するといつもよりも御利益があると言われている。

 

そして蛇は弁財天の使い、または弁財天の化身だとする信仰があり
この日は特に財運、金運が上昇する日でもあるとのこと。

 

と、いうことで
今日は山名八幡宮にお参りに行ってきた。

 

今回、この場所を訪れたのは
私が密かに暦マスターと呼んでいるこの人の情報から。


↑ 一番目立ってる人ね^^

 

日本の歴史や御神事について教えていただき
いつもお世話になっとります!

 

で、
写真の線路は何かというと・・・

 

世界遺産に認定された群馬県富岡市製糸場にて作られた
世界に誇るシルクを運んだ線路、なのです。

*富岡製糸場は日本で最初に設置された国が経営する器械製糸工場

 

つまり、
日本のシルクロード。

 

輸出品として大きな割合を占めていたシルクは
まさに日本の財源となっていたというから

 

己巳の日にこのシルクロード(線路)をくぐって
弁財天様を参拝したならば
きっと良きことがあるに違いない♪

 

 

では早速・・・。

こんな感じで線路の下をくぐると・・・

 

山名八幡宮へ。

 

狛犬ちゃんにご挨拶してから階段をのぼると・・・

 

拝殿が。

 

凛々しい鳳凰の眼力。

 

立派な裏神様もいらっしゃる。

 

そして本日のメインの弁財天様にお参りして

 

全国的にも珍しい弁財天の御朱印をいただく。
(不覚にも御朱印帳を忘れた><)

 

この己巳の日付が入った御朱印が
かなり重要だと暦マスターが言ってました^^

 

 


↑ 八幡八幡宮御由緒

 

調べたら八幡宮って
大分県の宇佐神宮を総本社として
全国に44,000社もあるんだって!

 

すごいなぁ。

 

いつかは宇佐神宮に
ご縁する時がくるな、きっと^^

 

ちなみに
己巳の日は60日に1度、巡ってくる。

 

金運、財運、弁財天のご利益にあずかりたい方は
この日に参拝をどうぞ↓

 

4月7日/6月6日/8月5日/10月4日/12月3日

 

 

 

 

 

一週間前の出来事をあらためて振り返ってみると・・・

 

 

ガシャーン!
ドンっ!!

 

 

その瞬間、

 

キャー!!

とも

ワーっ!!

とも
わからない叫び声が出た。

 

気づけば
前の車が目の前に。
私の愛車がめり込んでいる。

 

おそるおそるバックミラーを見ると
トラックがうつっている。

 

一体、何事がおこったのか。

 

 

ドアをあけると
後ろのトラックの運転手がすぐに出てくる。

 

「大丈夫ですか?
すぐに警察を呼びますっ!」

 

相当焦っている運転手を見て
追突されたんだ、と認識する。

 

「怪我はありませんか?救急車を呼びますか?」

 

トラックの運転手に聞かれるも
外傷はないので、

 

「大丈夫です。」と答える。

 

前の車を運転していた女性も出て来る。

 

「大丈夫ですか?」と車から声をかけると

 

「私は大丈夫。あなたは?」と。
お互いの無事を確認し、少し安心する。

 

 

その瞬間は大したことはなかったが
どんどんカラダが重く感じてきた。

 

シートにぐったりと座り込み
ぼんやりと
起こったことを反芻していた。

 

断ったのだが
あまりにぐったりしている私を見て

 

念のため・・・と
その運転手の方が救急車をよんで
搬送される。

 

 

痛いところをレントゲン撮影し

 

骨には異常がないこと。

首の鞭打ちと
衝撃のショックで筋肉が緊張したせいでの筋肉痛、及び倦怠感があるくらいですんだ。

 

とは言っても
大学時代に追突されてむちうちの経験があったし
腰椎ヘルニアがあり、ぎっくり腰は得意技でもあったので、
翌日以降がとても心配だった。

 

案の定、
翌日以降は寝ても寝ても寝られる。
どれだけ眠れるんだ、と思うくらい眠った。

 

カラダが蘇生を全力でやっているのかもしれない。

 

 

事故に遭ったことは
事務的なことや
仕事や予定のキャンセルを伝えるべく
必要最低限の人にメールで連絡した。

 

 

連絡した人たちからは
その返信で

 

「大丈夫?」
「必要なことがあったらいつでも言ってね。」
「ゆっくり休んで。お大事に」

 

そんないたわりのメッセージをくれた。

 

元来、人に頼るとか甘えるということは
苦手だったし
心配かけたり、手を煩わせるということは極力したくない性分だ。

 

何かあって
騒ぎ立てたりするのは私らしくない。

 

だから
メールでのメッセージくらいが
ちょうどいい、と思った。

 

 

 

一方で。

この一週間、
ずっと考えていた。

 

もし、あの時
後ろから来たトラックのスピードがもっと早くて
前の車と完璧に挟まれていたらどうだっただろうか。

 

もし、あの時
当たりどころが悪くて
車に引火していたらどうだっただろうか。

 

もし、あの時・・・

 

 

そう考えると
鞭打ち程度で済んでよかった、と思うと同時に

 

一瞬先は何が起こるのかわからないのだ。

 

と、
時が経つにつれ
実感を伴うようになってきた。

 

 

だとしたら
やりたいことをやらずに死んでいいのか。

 

このまま死んで後悔することってないだろうか。

 

そんなことを
ずっと考えている。

 

 

 

 

今日は
昨年亡くなった尊敬できる方の一周忌の法要だった。

それに参加することはかなわなかった。

 

死に方は生き様と同じだな、と思った一年前。

 

その時に書いたBlogを読み返してみた。

 

私は本当にちっぽけで
日々の小さなできごとに
ついつい囚われてしまって

 

大切なことを忘れてしまってたことに気づく。

 

命は人生の時間そのものなんだ、ということ。

 

どのように過ごすのか。
誰と一緒に過ごすのか。
何を大切に生きていくのか。
何のために生きるのか。

 

そんなことをあらためて
思い出させるための事故だったのかもしれない。

 

 

 

実は事故に遭った当日、
私が死んでも
世界は何一つ変わらないんだなぁと思った。

 

何の影響もないんだ、と。

 

ネガティブを通り越して
少し自虐的になっていたのかもしれない。

 

 

 

でも

 

事故の現場に通りかかって
もしかして私なんじゃないか?って
心配でメッセージをくれた久しぶりの友人がいたり、

 

レッカーやら保険会社とのやりとりを当たり前のようにしてくれた
自動車屋の友人がいた。

 

 

事故二日後からは

 

甘いものを差し入れてくれたり

 

カラダも不自由で買い物にも行けないだろうと
運転手を名乗り出てくれた友人がいたり

 

宝石ヒーリングの方法を教えてくれた社長がいたり

 

たまたま来ていた友人が実際にJEWELLNESSで滞ったエネルギーを流してくれたり

 

病院に連れて行ってくれたり

 

ただ顔を見にきてくれたり

 

ケーキを焼いてきてくれたり・・・。

 

 

 

どうやらリアルな現実世界でも
私のことを放おっておかない友人達がいるんだってことがわかった。

 

その存在がありがたかった。

 

 

私という存在は
とってもちっぽけだけど。

 

微力だけど、
無力ではないんだよ。

 

そんなことを
教えてもらった気がする。

 

世界は私が思うよりも
もっと優しいのかもしれない。

 

私が創る私の宇宙、私の世界。

 

これをもう少し
掘り下げていきたいな、と思った。

 

いつだってクリエイトするのは
私自身なのだから。

 

 

 

これは忘れるのが得意な
私への備忘録。

 

 

 

 

 

特別な日には・・・

 

 

初めて
年の数だけの薔薇をプレゼントしてみた。

 

彼氏でもないのに(笑)

 

いつだって
誕生日は特別な1日だけれども

 

20代から30代へ
30代から40代へ
40代から50代へ・・・

 

節目のアニバーサリーは
やっぱり特別感がないとね♪

 

できれば当日に。
できれば直接。

 

ま、事前に伝えてなかったので
当日渡せる確証なんてなかったんだけれども。

 

運良く在宅だったので
無事にプレゼントすることができた^^

 

 

若い頃はノストラダムスの大予言を信じていたから(笑)

自分が40歳を迎えることの
イメージが全くつかなかったけれど

 

予言は外れ、

無事に1999年を迎えた時に
人生を考え始めた。

 

そして30代後半になり、

40歳になったら
次のステージに行く!って心に決めていたっけ。

 

2回めの成人式、40歳になった3月に
高校教諭は卒業。

 

新たな一歩を歩み始めて今に至る。

 

以来、

 

人生はなんて楽しいんだ♪
自分次第でどうにでもなるんだ!

 

って
公私共に変化し続けてきた。

 

うん、

VIVA!40代☆

 

って感じ^^

 

だから彼女にも

 

40代、楽しいよ♪
素晴らしい時間が待ってるよ。
ウェルカム!

 

 

って伝えたかったんだ。

 

 

薔薇だけの花束なんて
私の人生の中でも経験ないから
記念にパチリ☆

 

今回選んだのは
ライラッククラシックという
ちょっとシックな薔薇。

 

ゴージャス
かつ、エレガントで落ち着いた大人の雰囲気を。

 

これ、選んだ時
すごく幸せな気持ちになった。

 

プレゼントって
贈られるのがもちろん嬉しいけれど

 

誰かの笑顔を思い浮かべながら
プレゼントを選ぶ時間って
すごく嬉しく、しあわせを感じる。

 

誕生日ってやっぱり特別で。

 

その人が生まれてきてくれたからこそ
出逢えたんだよね。

 

こんなに沢山の人がいるのに
出逢えるって相当なキセキ!

 

そう考えると
私にとっても喜びの日、なのだと
家に帰ってから気づいた。

 

 

あらためて。

 

 

誕生日、おめでとう。
出逢ってくれて、ありがとう。

 

 

 

 

 

33回目にして初めての体験。

 

毎月、写経をしている。

 

今回で33回目だったから
回数は大分重ねてきた。

 

が、毎回毎回写経に向き合う自分の様子は違う。

 

最初の頃は
写経をやりながら
なぜか眠くて眠くて・・・。

 

途中、意識の意図を手放しながら
気づけばもう終盤になっている。
その間、一体誰が書いたのだろう?

 

半覚醒状態で書いていても
筆は止まらないんだから面白い現象だった。

 

もちろん、眠そうな字ではあるが
解読はできる程度には書いてある。

 

ある時は

一体、誰が書いたのだろう?

って思うくらい
1枚の書の中で字体が変わったこともあった。

 

私の中の過去世の誰かが書いたのか
あるいは
誰かが乗り移って書いたのか・・・^^;

 

書いている時に自覚するほど
モードチェンジしている時もあって

 

あ、今男性が書いてるな。
あ、今小さい女の子が書いてるな。

 

思い込み…

かもしれないが
なんとなくそういう感じがするのだ。

 

1番多いケースは
思考を巡らせながら書くこと。

 

目の前の文字を書きながら
頭の中では

 

仕事のことを考えたり
メールの返信のことを考えたり
来週の予定のことを考えたり

 

あの時、こういう風にすればよかった。
こう言えば伝わったかな、などと過去のことを考えたり。

 

つまりは

 

カラダはイマココの作業をしながら
アタマの中は過去や未来をいったりきたりしている状態。

 

無心になりたくて始めた写経なのに
全然、無になれない・・・^^;

 

 

それでも。
何度もやっているうちに

 

思考が浮かんできた時に
そのことについてずーっと考えてしまう(とらわれてしまう)パターンから

 

思考が浮かんでも
あっ!思考が浮かんでる!これは流そう、というパターンに変化し

 

その都度、仕切り直して
書に向かえるようになってきた。

 

 

それが今回、
初めて最初から最後まで
書に向かい続けることができたのだ。

 

思考が全くなく、
無心で書けたというのではなくて

 

なんというかその一文字一文字に
真剣勝負だった、というか。

 

”法”という字はなぜサンズイに去る、なんだろう。

”呪”という字は縛り付ける、という意味があるって
映画陰陽師で安倍晴明が言ってたなぁ。

”無”という概念っていつできたんだろう。
インドで数字の0が生まれた時より前のことだよなぁ。

”空”ってソラとクウ、カラって読むけど
日本人はなぜ、この文字をソラって読むようになったのだろう。

 

そもそも…
何もないところから
文字が生まれたってことがスゴイ!

 

等々、

 

漢字一文字一文字に
一つひとつ集中して書き上げた。

 

この感覚は初めてのことで
終わった時は
なんともいえない清々しい思いだった。

 

一文字入魂!!

 

楽しかった。

 

そうやって書き上がった写経は
実に平ら、なのだ。

 

墨の濃淡もなく、
一定の濃さで書き上げられているし

字体も最初から最後まで私が書いた文字だったし

 

何か一つの文字だけが妙に浮かび上がるってこともなく
裏側をみても
一つの滲みもない。

 

当たり前じゃない?って思うかもしれないけれど
過去の私の体験を見ても
私にとっては当たり前ではないこと、なのだ。

この写経は
先生が自分を整えられるよう、特殊な空間を創り出してくださっている特別なもので

 

写経セラピーという。

 

写経をしながら
1ヶ月溜め込んできた
自分の感情や外部的な影響、
自分以外のエネルギー等を流すのだ。

 

だからこそ、前述のように
毎回おもしろい現象がおこる。

 

ここ2回ほど
私のオーラの色が見えない、と言われていて^^;

 

確かに5月末からの2ヶ月以上
原因不明の咳に悩まされていたから
生命エネルギーが低下していたのだと納得がいく。

 

でも、
8月に入って九州巡礼の旅の最中に
ピタっと咳が止まった。

 

そして今回、
こんなに集中して書に向かいながら
エゴの私、ではなく
文字と交流しながら書いていたら
なんだか、とっても気持ちよくなってしまっていて。

 

ある意味、
文字とエネルギー循環していたかのようだった。

 

案の定、聞いてみると
今までにないオーラの色だったという。

 

深い深いエメラルドのようなグリーン。

 

それをきいて
ハートチャクラの色だ!と嬉しくなった。

 

アタマではなく
ココロで書けたのだ。

 

もっというと
顕在意識ではなく
潜在意識で書いた、というべきか。

 

最後の右為の場所には
自然と思い浮かんだ言葉を書いた。

 

”世界は一つ”

 

右為、の部分に
世界について書いたことも初めて。

 

ちょっと照れくさい感も否めないが
自然と自分の中から出てきたものだからそのまま書いた。

 

なんにせよ
33回目にしてはじめての体験。

 

まさにマインドフルネスを体感できたのが嬉しい。

 

↑ 晴れやかな気分で記念撮影☆

 

 

毎月、こうやって

 

同じことを続けていると
常に違う自分と出会う。

 

同じようでいて
同じではない。

二度と同じ書は書けないのだ。

 

自分が自分の宇宙を創っているのであれば

 

同じ”膜”の中で
浮かびあがる文字は

 

濃度密度が違う、私そのもの。

 

私はあなたで
あなたは私。

 

これは何も他人に対して、ってだけではない。

 

自分が書き上げる文字すらも、
私なんだ。

 

このことを妙に納得した出来事でもあった。

 

↑ 前後右端が教わっている先生。橋本親子

 

「男子三日会わざれば刮目して見よ。」という言葉にもあるように

 

人は1ヶ月も会わなければ
全然違う人間に成長しているのかもしれない。

 

それは自分自身であっても同じなんだな。

 

 

 

 

 

土用の丑の日に・・・あじさい??

 

今日は土用の丑の日。

 

土用の丑の日といえば鰻!
ですよねー。

 

が、今年は一味ちがう^^

なぜならば我が家に【金運あじさい】なるものを
飾ったのだから。

 

金運あじさいってなんだ?

 

と思ったあなた。
ご安心ください。私も知りませんでした^^;

 

発信源はブルーモルフォの森田氏。

 

*参考
999の心相カラー de リース作り

一陽来復の日に学んだこと

 

金運あじさい、とネットで検索すると
地域によって飾る日も、飾る場所もその効果効能も様々。

 

ただ、あじさいを特別な日に飾る、という風習は
昔からあったらしいことがわかる。

 

ではなぜ、あじさいなのか。

 

あじさいは

あじ → あず → 
さい → ざい → 

 

つまり、財を集める、という意味があるってこと。

 

金運、と名がついているけれども
実は財運が高まるってのがこのあじさいの素晴らしいところだわ〜♡
(金運は一時的でも、財運は継続する運。)

 

また、飾る時には下向きにして飾るのが習わしなのだそうだが
その姿が蜂の巣のように見えることから

 

子孫繁栄、という意味もあるとのこと。

 

そういえば、
スズメバチの巣を壊さず、軒下に飾ってある古民家とか
ガラスケースに入れて、わざわざ飾ってあるのを見たことがある👀

 

また、蜂(ハチ)は漢数字の八と音が同じ。

八は末広がりという意味も持つので
紫陽花を飾る家は末代まで子孫繁栄、財運が入り続けるという意味を持つ、と。

 

すごいなー。
日本語って。

 

音は波動。
その波動が同じ波動のものを引き寄せるのだから
自分が発する言葉は意識しよう!ってここでも思った。

 

そして森田氏の提案する形態はリース

 

円系はつながりを表し、
円は漢字の縁と同じ音を持ち
縁する人とつながりを深めていくことでさらに大きな円となり広がり続ける。

 

そうやって
自分一人ではなく
仲間とともに繁栄していこう!助け合っていこうというマインドがそこに表現されている。

 

金運あじさいの薀蓄を聞いた後は
実際に創ってみる。

 

使うあじさいは2種類。

 

【柏葉紫陽花】

こちらは葉っぱが柏のカタチをしている。
こちらはスワッグ用。

 

 

今回、リースはこちらの紫陽花を使用。

 

【グリーンアナベル】

 

よく見ると、クローバーのような感じ。

 

↓ こんな風に創るんだよーとレクチャーする森田氏

 

この2種類のあじさいを使うのは
水分量が少なくてドライになりやすいことに加え、グリーンというのがポイントで。

 

グリーンは心相数でいうと5。
1から9の真ん中の数であり、人脈を表す。

 

誰とでも仲良くできる、という意味を持つ5番の心相カラー・グリーンを使うことで
よりご縁を深め、広がっていくという意味も込められているよう。

 

お喋りしながらグリーンアナベルをリーズに巻きつけていく。
贅沢にたっぷりと^^

 

仕上げは赤いリボンを添えて。

 

こんな感じに仕上がりましたー。

 

 

ちょっと歪な感じ・・・。

 

が!
森田氏の手にかかると・・・

 

 

整った!!

 

 

素晴らしいな〜。
さすがプロ☆

 

実は10年も前から
毎年金運あじさいを提供していたらしい。

 

今年は土用の丑の日が2回ある(8月6日)というから
ピン!ときた方はあじさいを飾ってみてはいかがでしょうか。

 

飾る場所は玄関の内側、扉の上ですよ〜^^
午前中に飾ります。

 

しかも1年間飾るのがよろしいようで。

↑ ドライになった金運あじさい。

 

毎年1つずつ増やして
3年間で3点飾りにするとなお宜し、とのこと。

 

ふむふむ。
毎年恒例になりそうな予感です(笑)

 

 

 

 

 

満ちてかえる

 

昨日は大好きな、そして私の人生を変えてくれたギンザベルエトワール岡本社長の
告別式でした。

 

宝石鉱山を模した色とりどりの華やかな祭壇。

 

そのてっぺんに飾られた写真も
世界中を冒険していた時の写真も
病に臥せっていた時の写真ですらも・・・

 

どの写真も私が知っている
あったかい、とびっきりの笑顔でした。

 

 

お通夜にも告別式にも沢山の方が見送りにいらっしゃっていて

 

嗚呼、沢山の人を愛していた方だったんだなぁ・・・

 

と、今更ながらその大きさを感じています。

 

 

最福寺の法主、池口恵観さんの弔事の中で

虚しく往きて 満ちてかえる

という言葉がありました。

 

その時は

 

生まれてくる時には何も持っていないけれど
最期の時には
その人生において蓄積したもので満たされ、還るのだと解釈しましたが

 

調べてみると
空海が師である恵果阿闍梨の追悼に向けて
送った言葉だとか。

 

虚往実帰(きょおうじっき)

 
【若しは 尊、若しは卑、
虚しく 往きて 実ちて かえる

近きより 遠きより
光を 尋ねて 集会する事を 得たり】

 

 

確かに岡本社長に会いに行くと

 

毎回、何かしらの気づきや学び、元気や勇気をいただき
帰る時には心が満ちていたものでした。

 

きっと私以外の方たちもそうであっただろうと思います。

 

何の見返りも求めずに惜しみなく与え続けた岡本社長。

 

まさに愛に満ち満ちていた方だったな、と思いました。
そしてその愛を受けた方々がここに集っているのだな、と。

 

その溢れる愛で
一体何人の人生を好転させたのだろう・・・。

 

 

恵観法主の促しで参列した全員と共に
仰げば尊しを歌ったのですが

 

まさに私にとってはメンターであり

 

その在り方、生き様は
これからの私の人生においても
大きな道標となってくれるに違いありません。

 

最期の最期まで関わった人のことを思い
生前、肉声で残したラストメッセージもまた
愛に満ち溢れていました。

 

 

地球は本当に素晴らしい。
そして人間も素晴らしい。

今、この素晴らしい時代に生きていることは奇跡。

一人ひとりが宝石のように光り輝く人生を!

 

 

優しい声で語りかけられた私たちは

 

涙しながらも、自分の人生を全うしようと決意し、
また背中を押された気がしました。

 

もう・・・
さいごまで社長はかっこよかった。
最高に素敵な人生を魅せてくださいました。

 

 

宝石は
地球の奥深くで
何万年、あるいは何億年と
沢山の歳月を重ね、天と地の力で育まれた奇跡の結晶。

 

そしてまた、それはカタチある限り
親から子へ、子から孫へ・・・
代々に受け継がれていきます。

 

 

それと同じように社長の熱い想いもまた
私たち一人ひとりの中に灯りをともし続け、
ずっとずっと受け継がれていくことでしょう。

 

 

宝石の伝道師として
その本来の価値、意味、
人にもたらすもっと深い意味のある特別な力を伝え続けてきた社長。

 

宝石を通して本当に伝えたかったことは何か。

 

それを胸に抱いて

 

私も”私”という原石を磨き、輝かせ
社長から教えていただいたことを
こうしてBlogを読んでくださっている方や
ご縁をいただいた方々に還元していきますネ。

 

今日から2月。

 

私もココロあらたにまいります!
今後ともよろしくお願いいたします。

 

 

JEWELLNESS LIFE
~宝石のように光輝く人生を~

 

2012年11月27日
初めて岡本社長に出会った日。
ギンザベルエトワールvipサロン高崎にて。

 

 

 

 

 

最期に残るもの、最期に残すもの

 

予想もしていなかったことを聞かされた時
人はどんな反応をするのだろうか。

 

 

その方は
私が一番苦しいときに

 

光を見せてくださった。
背中を押してくださった。
大丈夫だよ、と見守ってくださった。

そして

自信をくださった。

 

会った数といえば
そんなに多くはない。

 

けれど
なぜかいつも
気にかけてくださっていた。

 

会った時は満面の笑みで
「どう?調子は?」と声をかけてくださった。

 

「僕はね、まだまだやりたいことが沢山あるんだよ。」

 

夢を語るその瞳は
まるで少年のようにキラキラしていて
聞いている私も、周りの人々もワクワクさせてくださった。

 

思い出すその顔は
いつも穏やかに笑っていて
会うだけで元気をもらえる方だった。

がんばろうって思わせてくれる方だった。

 

 

最期まで
周りの人を思いやる方だった。

 

私なんて身内でもなんでもないのに
これからも見守っているよ、そんなメッセージと品を残してくださった。

 

それを渡された時
あまりにもその優しさと偉大さに
カラダが熱くなり思わず泣き崩れてしまった。

 

とてつもない大きな愛に包まれた気がした。

 

「大丈夫だよ。いつも見守っているからね。」

 

そんな声が聞こえたような気がした。

 

まるでその場にいるかのように。

 

不思議な感覚だった。

 

 

悲しくて涙は出るけれど
まるで近くにいるような感覚もあり。

 

がんばります。

 

思わず、そう宙に向かって言ってる自分がいた。

 

 

最期の最期まで
私は与えられることばかりだった。

 

それだけ与え続けてくれた方に
恩返しをすることはもうかなわない。

 

お礼を言うことも
会うことも。

 

もう二度とできないのだ。

 

 

一生のうち
出逢える人はどのくらいいるのだろう。

 

そして

 

人生を変えてくれる人との出逢いは
一生のうち、何度あることだろうか。

 

ましてや

 

『この人のように生きたい。』

 

そう思わせてくれる人に出逢えるということは
とてつもなく奇蹟、なのかもしれない。

 

運良く、私は
その方に出逢うことができた。

 

ありがたく、しあわせなことだ。

 

 

肉体としては滅びても
その人の目指すところ、意志は、そして愛は
永遠に受け継がれていくのだろうと感じる。

 

その方は

 

人生を大いに冒険し、謳歌し、楽しまれた。
沢山の人を救い、勇気づけ、人生って楽しいんだよと身をもって教えてくださった。

 

自分の使命、というものに気付き
それを為すべく、最期まで尽力された。

 

小欲ではなく、大欲に生きよ、と教えてくれた方だった。

 

 

生き方、というのは死に方に他ならない。

 

その姿、在り方、生き様は天晴としか言いようがないくらい、
人生を全うされた。

 

我が人生に悔いなし。

 

そうにこやかに笑っている姿が想像できる。

 

私はまだ正直
事実を受け入れられず、
時折、堰を切ったように涙がこぼれるけれども

 

でも一方で

 

肉体はなくとも
いつもそばで見守られているような力強さとか安心感とか
そんな不思議な感覚があって

 

だからこそ頂いた恩は
関わる人達に恩送りしていこう、と密かに決めている。

 

それが
私にできる唯一で最大の恩返しだと思うから。

 

 

今まで出逢った人
これから出逢う人

 

一生のうち、どのくらいの人と出逢えるのか
一生のうち、どのくらいの人に関われるのか

 

わからないけれども
1つだけ言えることは

 

人生の幕引きの時には
すべてやりきった!という笑顔でありたい。

 

そんな人生を歩んでいこう、これからも。

 

人生はいつだっていつからだって
自分次第なのだから。

 

 
2017年1月23日
ギンザベルエトワール
岡本憲将社長 享年70歳
心より哀悼の意を表します。
そしてこの出逢い、ご縁に感謝いたします。

 

JEWELLNESS LIFE
〜宝石のように光輝く人生を!〜

 

 

 

 

 

2016-2017 年末年始の旅 vol.3〜天河大辯財天社〜

 

そもそも・・・
今回の旅の発端は
このお守りを見たことに端を発する。

3つの鈴のお守り→みすずのお守り→美鈴のお守り

 

これは私のためのお守りだ!

 

そう思って
天河神社が”いつか行きたいリスト”2016年のはじめだった。

 

それが友人達のおかげで
1年以内に叶うことになったのだから
本当にありがたい。

 

京都から奈良へ移動し
年末年始はこちらの宿にお世話になった。

 

大峰山洞川温泉郷 光緑園西清

 

到着は夜で
うっすらと雪が残る庭を歩くと
どどーんと特大の福の笑みで出迎えられた。

 

 

温かい葛湯のもてなしに
冷えたカラダと心もほっこり^^

 

部屋に荷物をおいて
ささっと湯浴みをし
大晦日の宴を楽しむ。

 

 

全体像を撮るのを忘れるほど
お腹が空いていた私^^;

 

次から次へと運ばれてくる料理に舌鼓。

 

部屋に運ばれてきた食後のぜんざいまでペロリ。

 

満腹状態からしばしの休憩後
2年参りへと出かける。

 

 

天河大辨財天社

厳島神社と竹生島と並び、日本三大弁財天のひとつ。

◎主祭神
市寸島比売命(イチキシマヒメノミコト)
芸能の神として芸事の上達のご利益があり
芸能界の方々もお忍びで多数参拝されているとのこと。

 

ちなみに年末、先程の宿には
アモーレ婚で話題の長友&平愛梨さん達も訪れたというから
こちらにご参拝されたのだろうな。

 

それにしてもこの手水・・・
勢いよすぎじゃない?

 

なかなか柄杓に水が入らないくらい^^;

 

レーザービームを彷彿させる勢いで
私も2017年はこの勢いで駆け抜けたい!と思った。

 

休みどころに案内され、お茶を飲みながら待つことしばし。

 

23:45から本殿にて除夜祭が行われた。
いよいよ2016年の仕上げの大祓だ。

 

そして新年を迎え、
引き続き玉串奉奠の儀が執り行われる。

 

凛とした、厳かな雰囲気に
自然と謙虚な気持ちになる。

 

脈々と受け継がれてきた伝統の儀に参列しながら
ここの場に居られることに
あらためて感謝の気持ちが湧き上ってきた。

 

すべての儀が終了し
一人ひとり参拝する。

 

拝殿にある鈴は【五十鈴】

 

天河神社に伝わる神器で
鳴らし方も通常の鳴らし方ではなく
ぐるぐると円を描くように回す。

 

これがなかなかに難しい。

 

一説によると
この不思議な音色に共鳴したUFOが来るらしく
目撃情報も多数だとか。

 

五十鈴を鳴らし、
神に感謝の気持ちを伝え、意宣った。

 

神様には
これを叶えてください、というお願いではなく

 

私はこうなります!
私はこれをやり遂げます・・・等々
宣言するのがよろし。

 

私も2017年の自分を意宣ってきました^^

 

その後、なんと!
参拝者全員にお雑煮が振る舞われた。

 

関西のお雑煮はこれが初めて。
味噌仕立てなのが新鮮!

 

真夜中ながら
美味しく、ありがたく頂戴した^^

 

2017年に入って
初めて口にするものが
神社でいただけた、ということは・・・

 

きっと2017年も

美味しいものに恵まれること、間違いなし!(笑)

 

そして
普段はめったに引かないおみくじだけれども大吉♡

 

幸先の良いスタートにこの1年が早くも楽しみになってきた♪

 

そうそう、天河神社には言い伝えがあり

「縁がない者は天河神社に辿り着くことができない」と残されているとか。

 

2016年から2017年という年越しを
こちらで迎えられたということは
何か変革のタイミングであるということ。

 

これから自分の世界をどのようにクリエイトしていくのか
2017年がキモになるような予感が沸々としてる。