けっきょくのところ・・・。


 

人に悩みを話す時って
どんな気持ちで話しているのだろう?

 

話しながら自分の考えを整理しているタイプ
解決法を知りたいタイプ
救いを求めているタイプ
共感を求めているタイプ
大丈夫だよ、と安心したいタイプ

 

いろいろなタイプがあるなって思うのだけれども

 

はっきり言って
自分でしかその悩みを解決することはできない。

 

なぜならば
その悩みは自分が創り出したものなのだから。

 

 

このことに気づかないで
自分以外のものに原因を求めたり
解決方法を求めていても
まったく埒があかないのだ。

 

だからイライラするとか
怒りがわくとか
自分にダメ出しするときってのは

 

本来の自分を生きてないよ、
思い込みでその悩みを創り出しているんだよ、

 

ってことに気づけ、っていうサインなのだけれども

 

なかなか、自分のことは
客観的に観ることが難しい。

 

 

ある人は言った。

 

「人のことならわかるんだけど
自分のこととなるとそうはいかないんだよ。」

 

そりゃそーだ。

 

自分のことをわかってたら
そもそも人に相談なんてしないだろうし
とっくに悩みを解決しているはず。

 

だから悩みを話して聞いてもらった上で
こうなんじゃないの?という客観的な意見を求めているのかなって思うけど・・・

 

上記のセリフを言われたら
元も子もないじゃんねww

 

もうこうなると

 

自分の悩みは誰にもわからない!
わかってもらえない!

 

と、自分の殻に閉じこもって
ますます悩む、というスパイラルに陥る。

 

そんな時、最近はこう思うようになった。

 

あぁ、悩んでいる自分を楽しんでいるんだねって。

 

 

自分の人生は
自分で脚本書いて、自分で演じて創り上げていくものだから

 

主人公Aが悩んでいる時
Bという人間が現れ、救いの手が差し伸べられる。
結果、困難を乗り越えて
無事に悩み課題を解決していった。

 

こんなサクセスストーリーにしてもよし。

 

主人公Aが悩んでいる時
Bという人間が追い打ちをかけるようにダメ出しされ
世界で一人ぽっちだ、とものすごく孤独感を味わう。

 

こんな悲劇のヒロインストーリーにしてもよし。

 

実に自由なのだ。

 

 

今はこの悲劇のヒロインを味わいたいんだね。
苦しみ、悩み、その逆境を味わって
とことん味わってから自分の力でなんとか打開する、という
ストーリーを創り上げたいんだね。

 

私だったら
とっとと解決したいって思っちゃうから
誰かに相談する時点でその人の話は最後まで聞くけど
(採用するかどうかはこれまた私の自由意志)

 

話し始めたら
途中で遮られて
「もういいから!」なーんて言われちゃうと

 

あぁ、そのドラマにどっぷり浸かりたいんですねって思うよね。
冷たいようだけど。

 

でもね、
そういう状態になると
やはり人のことは考えられなくなるから

 

どんな気持ちでそれを言おうとしたのか、
そう言われたらどんな気持ちになるのかなんて
想像もできないんだよね。

 

自分も言いたいことを言えない苦しさを
十二分にわかっているくせにね。

 

だから、それが起こるんだけどもww

 

 

卵が先か
鶏が先か。

 

どっちでもよくて

 

自分の中にあるものが
現象として出てくるだけで

 

出てきたものを
どう味付けするのは
自分の自由意志。

 

ストーリーは無限にあって
そのどれを選択するのか、
それを選択することができる一瞬の隙間があるってことを
本当の意味でわかったらいいよな、って思う。

 

まぁ、
自分以外の人・モノ・現象に左右されずに
自分の人生をクリエイトできるようになりたい!っていう人が
私の目の前に現れるから

 

求める人には100%コミットして
そこのあたりをとことん腑に落とすこと
【Open The Door】ではやっている。

 

どんなに自分が素晴らしい存在なのか。
どんなに自分が現実想像のパワーを持っている存在なのか。

 

ただただ、思い出すだけなんだな。

 

ま、とは言っても。

 

私の目の前の現象で起こっているストーリーでもあるので
これはこれで
私の中にどんな思い込みが入っているのか、
それは私の課題であるわけなので。

 

すかさず思い込みを整えるとしよう(笑)

 

 

 

 

 

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