一週間前の出来事をあらためて振り返ってみると・・・


 

 

ガシャーン!
ドンっ!!

 

 

その瞬間、

 

キャー!!

とも

ワーっ!!

とも
わからない叫び声が出た。

 

気づけば
前の車が目の前に。
私の愛車がめり込んでいる。

 

おそるおそるバックミラーを見ると
トラックがうつっている。

 

一体、何事がおこったのか。

 

 

ドアをあけると
後ろのトラックの運転手がすぐに出てくる。

 

「大丈夫ですか?
すぐに警察を呼びますっ!」

 

相当焦っている運転手を見て
追突されたんだ、と認識する。

 

「怪我はありませんか?救急車を呼びますか?」

 

トラックの運転手に聞かれるも
外傷はないので、

 

「大丈夫です。」と答える。

 

前の車を運転していた女性も出て来る。

 

「大丈夫ですか?」と車から声をかけると

 

「私は大丈夫。あなたは?」と。
お互いの無事を確認し、少し安心する。

 

 

その瞬間は大したことはなかったが
どんどんカラダが重く感じてきた。

 

シートにぐったりと座り込み
ぼんやりと
起こったことを反芻していた。

 

断ったのだが
あまりにぐったりしている私を見て

 

念のため・・・と
その運転手の方が救急車をよんで
搬送される。

 

 

痛いところをレントゲン撮影し

 

骨には異常がないこと。

首の鞭打ちと
衝撃のショックで筋肉が緊張したせいでの筋肉痛、及び倦怠感があるくらいですんだ。

 

とは言っても
大学時代に追突されてむちうちの経験があったし
腰椎ヘルニアがあり、ぎっくり腰は得意技でもあったので、
翌日以降がとても心配だった。

 

案の定、
翌日以降は寝ても寝ても寝られる。
どれだけ眠れるんだ、と思うくらい眠った。

 

カラダが蘇生を全力でやっているのかもしれない。

 

 

事故に遭ったことは
事務的なことや
仕事や予定のキャンセルを伝えるべく
必要最低限の人にメールで連絡した。

 

 

連絡した人たちからは
その返信で

 

「大丈夫?」
「必要なことがあったらいつでも言ってね。」
「ゆっくり休んで。お大事に」

 

そんないたわりのメッセージをくれた。

 

元来、人に頼るとか甘えるということは
苦手だったし
心配かけたり、手を煩わせるということは極力したくない性分だ。

 

何かあって
騒ぎ立てたりするのは私らしくない。

 

だから
メールでのメッセージくらいが
ちょうどいい、と思った。

 

 

 

一方で。

この一週間、
ずっと考えていた。

 

もし、あの時
後ろから来たトラックのスピードがもっと早くて
前の車と完璧に挟まれていたらどうだっただろうか。

 

もし、あの時
当たりどころが悪くて
車に引火していたらどうだっただろうか。

 

もし、あの時・・・

 

 

そう考えると
鞭打ち程度で済んでよかった、と思うと同時に

 

一瞬先は何が起こるのかわからないのだ。

 

と、
時が経つにつれ
実感を伴うようになってきた。

 

 

だとしたら
やりたいことをやらずに死んでいいのか。

 

このまま死んで後悔することってないだろうか。

 

そんなことを
ずっと考えている。

 

 

 

 

今日は
昨年亡くなった尊敬できる方の一周忌の法要だった。

それに参加することはかなわなかった。

 

死に方は生き様と同じだな、と思った一年前。

 

その時に書いたBlogを読み返してみた。

 

私は本当にちっぽけで
日々の小さなできごとに
ついつい囚われてしまって

 

大切なことを忘れてしまってたことに気づく。

 

命は人生の時間そのものなんだ、ということ。

 

どのように過ごすのか。
誰と一緒に過ごすのか。
何を大切に生きていくのか。
何のために生きるのか。

 

そんなことをあらためて
思い出させるための事故だったのかもしれない。

 

 

 

実は事故に遭った当日、
私が死んでも
世界は何一つ変わらないんだなぁと思った。

 

何の影響もないんだ、と。

 

ネガティブを通り越して
少し自虐的になっていたのかもしれない。

 

 

 

でも

 

事故の現場に通りかかって
もしかして私なんじゃないか?って
心配でメッセージをくれた久しぶりの友人がいたり、

 

レッカーやら保険会社とのやりとりを当たり前のようにしてくれた
自動車屋の友人がいた。

 

 

事故二日後からは

 

甘いものを差し入れてくれたり

 

カラダも不自由で買い物にも行けないだろうと
運転手を名乗り出てくれた友人がいたり

 

宝石ヒーリングの方法を教えてくれた社長がいたり

 

たまたま来ていた友人が実際にJEWELLNESSで滞ったエネルギーを流してくれたり

 

病院に連れて行ってくれたり

 

ただ顔を見にきてくれたり

 

ケーキを焼いてきてくれたり・・・。

 

 

 

どうやらリアルな現実世界でも
私のことを放おっておかない友人達がいるんだってことがわかった。

 

その存在がありがたかった。

 

 

私という存在は
とってもちっぽけだけど。

 

微力だけど、
無力ではないんだよ。

 

そんなことを
教えてもらった気がする。

 

世界は私が思うよりも
もっと優しいのかもしれない。

 

私が創る私の宇宙、私の世界。

 

これをもう少し
掘り下げていきたいな、と思った。

 

いつだってクリエイトするのは
私自身なのだから。

 

 

 

これは忘れるのが得意な
私への備忘録。

 

 

 

 

 

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