信じられる?信じられない?


 

◎◎は信じられない。
それをしているあなたも信じられない。

 

あなたを信じている。
あなたがしている◎◎も信じる。

 

あなたはどちら派?

 

そうあらためて問われると
後者だ、という意見が多いかもしれない。

 

もちろん、正解なんてなくて
言ってみればどちらも正解。

だって判断、選択はそれぞれの自由なのだ。

 

が!

案外、身近な人には
前者のことを軽〜く言っちゃうんじゃないかな。

 

未知の領域は
やっぱりわからない部分ばかり。

 

さらに
体験する気もない、
理解する気もない領域においては
なおさらなのだろうなって思う。

 

 

 

講座でもよく
心配応援の違いを伝えているが

 

それに似ているなぁと感じる。

 

心配って

 

それをやったらうまくいかないよ、とか
それをやっても将来何にも役にたたないよ、等の

 

自分の過去の経験や世間一般の考えから
失敗をイメージしての言葉。
(あくまで自分の世界での想定)

 

あるいは
自分の枠の範疇にない未体験ゾーンだから
その枠を飛び越えたらフォローできないよ、だからやめなさい。
という自分の安全地帯の確保。

 

逆に応援

できる姿をイメージしたり
あなたならできる!という信頼感だったり

 

あなたに覚悟があるならば、どんな結果も受け止めるよ。
だから精一杯チャレンジしなさいっていうフォロー姿勢でいるということ。
(あくまで”あなた”に委ねている世界)

 

どちらがその人のためになるのだろうか。

 

また、失敗して後悔するのと
失敗しないで後悔するのと。
どちらが人生を豊かに生きられるのだろうか。

 

もちろん、
当人も失敗なんてしたくないし
身近な人も失敗をさせたくないだろう。

 

だからこそ、
チャレンジする、しないに関わらず
その選択をその人自身にさせる働きかけをしたい。

 

そんな時、とっても役に立つのが質問。

 

その人自身に
色々な質問でアプローチしてみる。

 

答えはその人自身が持っているから
様々な角度の質問に答えながら自分自身で

 

「あぁ、確かに言われた通り、やめた方がいいな」
「あぁ、確かに今のままでは無理だけど
あれとこれと準備すればできそうだな」

 

などと、具体的にイメージができるハズ。

 

だから、心配するよりも応援をしよう。
応援の1つの方法として質問が有効、ということを伝えている。

 

 

で、冒頭の2種類について。

 

ベクトルがどちらに向いているか、という点において
心配と応援に似ているなぁと感じたのである。

 

あなたの人生にも”私の意見”が絶対なのか

あなたの人生には”あなたの意見”が絶対なのか。

 

未成年の保護者として養育しているうちは
”私の意見”が絶対、でも通用するかもしれないけれども

 

身内であればあるほど
自分のコントロール下に置きたくなるし
コントロールできると錯覚しがちだ。

 

実際にはコントロールなんて
誰にもできないんだけれどもね。

 

 

 

その上でもう一歩深く、突っ込んで考えてみよう。

 

自分の世界は自分で創っている、と考えた時

 

冒頭の

 

◎◎は信じられない。
それをしているあなたも信じられない。

 

というセリフは
誰が言わせたのか、ということ。

 

もしかしたら
自分自身がやっていることだけれども
その芯の部分を信じていなくて

 

誰かの口を通じて
そのことを伝えているのかもしれない。

 

もし、
そのことに対してものすごく一生懸命で
全力投球していたとしたら。

 

あるいは

 

それをやっていることで
成長していたり、なんらかの好変化を起こしているとしたら。

 

その姿を見た人が
◎◎を信じられない。
だからそれをしているあなたも信じられない。

 

だなんて言うだろうか。

 

 

そう考えると

 

もしかしたら
中途半端な取り組みしてるよ、ということを
教えてくれているセリフなのかもしれない。

 

自分の人生をクリエイトするのは
いつだって自分次第、なのだから。

 

 

 

 

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